No. 91 |
2005 |
特集:オーストリアのガラス建築 |
オーストリア近現代建築とガラスという素材川向正人 | ||
ウィーン建築が教えるガラスという素材の多義性オーストリアとドイツは、一方が歴史の表舞台に出てくると他方は引き下がるというほどに全く逆になっている。たとえば19世紀末は、ヴァーグナー、ホフマン、ロースらを輩出したオーストリア建築界に軍配が上がるだろう。しかし1920年代のラショナリズムになると、グロピウスやミース・ファン・デル・ローエらが活躍するドイツが、世界の建築界をリードするようになる。 そして、第二次世界大戦後となれば再び逆転して、登場するのがウィーンのハンス・ホラインである。彼は建築をアートとして捉え、実践し続けた建築家である。 | ||
ウィーン世紀末建築の系譜19世紀には、温室建築がヨーロッパ各地に存在し、人々はガラスで覆われた空間の魅力を知っていた。ウィーンにもガラス張りの大温室やパサージュも実現していた。しかし、世紀末の著名建築家たちは、ガラスに覆われた明るい空間を奥まった内部につくっている。 1895年を過ぎた頃には、アールヌーヴォー様式がウィーンに伝わり、優美で官能的な空間がつくられるようになった。オルブリヒ設計のウィーン分離派館の展示ホールや、ヴァーグナーの郵便貯金局の接客ホールでは、そのガラス天井を透過してくる光は、やわらかく優美で柔和なものである。 ガラス天井に覆われたニュートラルな内部空間をもつ近年の建築としては、ホラインのハースハウス、アドルフ・クリシャニッッの設計による中央郵便局、グレゴール・アイヒンガー+クリスチャン・クネヒトルの設計によるユダヤ博物館を挙げることができる。 | ||
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