●座談会

高齢期のための環境──その現在、未来…

出席者--- 市川禮子外山義山本茂夫山崎泰孝(司会)50音順


市川禮子
いちかわれいこ

市川氏顔写真

神戸市生。高齢者総合福祉施設あしや喜楽苑施設長
私立保育所の運営が縁で尼崎市の特別養護老人ホーム喜楽苑の初代苑長と知り合い、施設発足と同時に生活指導員として入苑したのち、2代目苑長になる。その後、いくの喜楽苑、あしや喜楽苑を開設
人権を守り、プライバシー保護や、市民的自由の保障を重視した運営を行う。著書に『ああ、生きてる感じや!』がある


私が関わっている特別養護老人ホーム・尼崎喜楽苑、いくの喜楽苑、あしや喜楽苑では、高齢者を敬い、居室を極力、個室化してプライバシーを守ったり、酒もタバコも外泊も全て自由にしたり、さらに地域の文化の拠点となることをテーマとしている

いくの喜楽苑では、引戸を用いて2〜4人部屋を個室化した。そこで、不要になった規制を無くしたら痴呆症の方が穏やかになられたし、入居者同士が“近所の人”感覚で仲良しになった
ただ、個室を生かすには、職員の量と質や、空間の小グループ化が必要。いくの喜楽苑では、居住エリアをそれぞれにデイルームと食堂のついた3つのエリアに分散した

震災直後につくった芦屋の呉川町にあるケア付き仮設住宅の実績から、被災地の復興公営住宅の中にコレクティブハウジングが建設され始めている。これからは高齢者住宅をきちっと建てて在宅福祉サービス等を整備する必要がある

3つの喜楽苑では、どんなに重い痴呆の方でも、居酒屋や商店街、議会等に出かけている。そうすると、地域が次第に施設を身近に感ずるし、痴呆症の方の「問題行動」も改善される
施設が地域に溶け込むためには、建てる経緯で市民が参加することも大事


外山義
とやまただし

外山氏顔写真

1950年岡山市生。建築家・東北大学工学部建築学科助教授
病院建築計画の実務に携わったあと、スウェーデン王立工科大学建築機能分析研究所で高齢者住環境を研究。帰国後、国立医療病院管理研究所地域医療施設計画研究室長を経て、現在にいたる。高齢者の住環境、痴呆性老人の空間特性を研究し、人間の心や身体のあり様と交流をもつ空間づくりをめざす
著書に『クリッパンの老人たち──スウェーデンの高齢者ケア』ほかがある


現在、自分の生活を持ち込める個室は、おそらく全国で1%以下
4人部屋の方が寂しくない、事故の発見が遅れる等という通念がある。しかし調査すると、4人部屋では、各人は背を向けて自分の世界を守り、怒鳴ったり意見の食い違い以外での会話は殆どない。自分の領域ができて初めて人と関わるし、家族が訪問しやすくもなる。同室者の事故や容態の急変も同室者からは殆ど連絡されない

個室化が、部屋に閉じこもるか、多人数で集結させられるかの、2極化しないよう、小さな友達の輪ができるような中間領域を豊かにする必要がある

今の施設は、専門家が素人を、介護者が虚弱者を一方的に介護するというような、垂直の関係が支配している。しかしグループホームでは一緒に暮らす、水平の関係が可能である。そういう環境の中でこそ、痴呆の方が失っていたものを取り戻すことができる

どの国も、高齢化率が15%を超えると、福祉・医療施設づくりから地域に住むことへと施策が転換される。住まいや町を、心身機能が低下した人達の生活の舞台にするべき

例えば玄関は、出会いや靴の脱ぎ履きといったセレモニーや手続きを喚起する空間的仕掛けだが、そういう空間のない今の施設に痴呆性の高齢者が正直に対応すると「問題行動」と裁かれる。ある所で、空間的仕掛けをつくったら、それに伴うセレモニーなどの行為が生まれた

介護保険制度の、介護が良くて症状がよくなると逆に値段が下がってしまう問題点を改善する必要あり

福祉・医療施設の基本的な配慮点を知らない建築家が施設を建てている。体のメカニズム、生活行為と空間の関係などを知る必要がある。私は大学で、そういう教育を心がけている


山本茂夫
やまもとしげお

山本氏顔写真

1934年樺太生。武蔵野市福祉施策専門委員・早稲田大学第二文学部講師
武蔵野市にて、老人福祉係長として様々な政策を展開し、武蔵野市福祉公社を設立。武蔵野市福祉保健部長を経て、1995年3月退職後、バリアフリーのレストラン開業。自らコックとして働く
実践を重視し、全室個室特養の実現や高齢者の資産活用制度などを実現してきた
著書に『福祉部長 山本茂夫の挑戦』などがある


私は、武蔵野市で、独居老人への食事サービスや、特別養護老人ホームやケアセンター、有償で高齢者の在宅生活に必要なサービスを提供する武蔵野市福祉公社などを開設してきた

個室化は絶対に必要なのに、武蔵野市が日本で初めて全室個室化する老人ホームに助成すると発表したら、国が文句をつけた

高齢者は膝が悪くて座りにくいし、万年床になりやすいから、畳の部屋はよくない。日本人が慣れてきた生活習慣を考え直すようアドバイスすることも建築家の専門性だ

今、約百万人の高齢者が施設にいるが、その数を増やしてはいけない。基本的には、入院介護を減らし、在宅ケアの質量の向上と町中の短期間入所できる施設のケアで対処するべき
施設は自分たちの生活圏の中にあり、自分が年をとって不如意になったら、ちょっと行って世話になって来るか、というようものであるべき

今の公的介護保険制度には非常に問題がある。痴呆で生活管理能力が低下して介護が必要な人などへの給付は低い

建築家は高齢者や障害者の疑似体験をやりながら設計すべき。中高年齢期の人達が家を建てるときには何も要望がなくとも、建築家は専門家として少なくともアドバイスをするという親切と専門性が必要


山崎泰孝
やまざきやすたか

1935年芦屋市生。建築家・近畿大学教授、AZ環境計画研究所主宰
劇場計画・設計を中心に、音や光などの演出を建築空間に生かす試みをするとともに、ひろく人間関係や文化、伝統のあり方を含めた「風景」を考え続けている。
作品に、芦屋ルナホール、善光寺別院願王寺、グランディア芳泉、中町ベルディホール、福崎町エルデホール、登米祝祭劇場、別府B-ConPlaza ハーモニアホール、サン久福木などがあり、著作に『ホールの計画と運営』『京都・南座の記録』他がある。


(概要文責 編集部)


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